「ごめん」 もう一度、彼女は僕のほうを見た。 捨てられた子猫のように、なにかにすがるような目つきで。 「なんで?」 無邪気に首をかしげる彼女の顔が、僕のすぐ側まで近づく。 僕は目をそらした。 二人の間に沈黙が流れるが、悲しいことにそれは永遠ではなかった。 「ねぇ、なんで別れようなんて言うの?」 「・・・」 「わたしが、本、読むの好きじゃないから?」 「そんなんじゃないよ」 「わ、わたしも、いっしょにミステリ系サイトやるよ!タグもCSSも覚えるし、本もいっぱい読む!大輔とお話できるくらい詳しくなるから!」 「きみはこっちの世界に来ちゃいけないんだっ!」 それを完全に拒絶し、突き放す僕の声。 「なんで?・・・なんでそんなこと言うの?今までずっと一緒にいたじゃない!」 涙まじりの彼女の声を、僕は耳から遠ざけようと努力する。 「デートの途中で本屋さんに寄って・・・大輔がこれ面白いよって薦められるたびに、わたし、嫌がって・・・だから?だからそんなひどいこと言うの?」 「違うよ」 しかしすでに拒絶している僕の声など誰にも届かない。 「わたしのこと、嫌いなんでしょ?最初から、どうせ最初から好きなんかじゃなかったんだ!だったらミステリ系サイトか、講談社ノベルスと結婚しなさいよっ!」 「好きだって言ってるだろっ!」 一瞬だけ咲かせた希望の光は、しかし果敢なく消えていく。 「好きだなんて・・・嘘ばっかり。今まで、一度も言ってくれたことなんてなかったのに・・・」 あふれる涙に、彼女は手で顔を覆った。 涙と一緒に、いままで溜めていた気持ちがぼろぼろとこぼれてきた。 「大っ嫌い!本の中でしか生きられない大輔なんて、大輔じゃない!そんなの嘘だもん!本の中には嘘しか書いていないから、現実についていけなくて本の中の嘘にすがる人たちだけがいつまでもいつまでも本を読み続けるのよ!大輔、前はそんな人じゃなかったじゃない!」 僕は何も言わない。言えない。 「知ってるんだから!去年の冬、バイトだとか言って嘘ついてコミケ行ってたんでしょう!そこでミステリ系サイトの同人誌売ってたんでしょう!なんで?なんでわたしじゃなくて、そんなインターネットで知り合った人たちを優先するの?そんなに仲間が欲しいの?」 僕は黙っている。 過ぎ行く人たちが興味深そうに僕たち二人をじろじろと遠慮の無い視線をぶつけてくる。 当然だ。白昼堂々、若いカップルが渋谷のスクランブル交差点の目の前で別れる別れないの口論をしているのだから。 「もう、知らないよ!大輔なんて、京都でも福岡でもどこにでも行けばいい!」 彼女は僕が代わりに持っていた、オリーブデオリーブのロゴの入った自分のバッグを受け取ると、勢いよく駆け出した。 「大輔なんて死んじゃえ!」 そしてそれもまた、一瞬だった。 青信号に対してなんの疑問も抱かず交差点へ突っ込んできたトラックと衝突し、彼女の体は宙を舞った。 くるくる、くるくると、スローモーションのうちに彼女はフィギュアスケート選手のように、 しかしどこか滑稽さを感じさせる姿で空中で回転し、しばらくしてアスファルトの地面に叩きつけられた。 その上を、先ほどのトラックとは別の乗用車が走り抜けていく。どろどろの内臓が彼女のお腹から飛び出した。 ◆◇◆◇◆◇◆ 彼女のお腹から飛び出したのは内臓だった。 「金閣寺」でも「人間失格」でも「卍」でも「ストリート・キッズ」でも「六番目の小夜子」でも「赤頭巾ちゃん気をつけて」でも「水没ピアノ」でも「風の歌を聴け」でも「グレイト・ギャツビー」でも「イリヤの空 UFOの夏」でも「新宿少年探偵団」でも「さよなら妖精」でもなく、ただの腎臓と肺臓と膵臓と心臓と胃と大腸と小腸と十二指腸とあとはよく知らないけれどまったくもって普通の人間の持つ臓器だった。 舞城王太郎はいい小説を書いて褒められたかもしれないが、それは小説だったのだ。 ◆◇◆◇◆◇◆ 遅すぎた救急車の中で、僕は冷たくなった彼女の手を握った。 たぶん、一番悪いのは僕なのだ。 ミステリ系サイト、読書、受験勉強。それに同人誌の主宰。 それらをきっちりとこなす能力もないくせに、蛸のように色色なものに手を出し、知らず知らずのうちに自分を追い詰め、結果として彼女を殺してしまった。 しかし、本当に僕だけのせいなのか? 傲慢な考えだということは分かっている。 しかし、僕がこうなってしまったのには何か理由があるはずなのではないか? 答えはすぐに出た。 ミステリ系サイトのせいだ。 ミステリ系サイトがなければ彼女が死ぬことはなかった。 僕らを引き裂いたのは、WEB上に跋扈する数多のミステリ系サイトなのだ。 僕はその日のうちにサイトを閉鎖し、それまで使っていた「はてなダイアリー」をプライベートモードにして、適当な無料サーバにスペースをとった。 タグの打ち方を思い出しながら、彼女との思い出をかみ締めるようにキーを打つ。 新しいサイトの名前は決めていた。 彼女とよく行った、南青山の住宅街にある小さな喫茶店の名前だ。 『炭酸カルシウムガールズ』 この瞬間から、僕の戦いは始まった。 誰も喜ぶことのない、悲しみだけが支配する、自己満足のための戦いが。 トップにもどる |
[★高収入が可能!WEBデザインのプロになってみない?!
自宅で仕事がしたい人必見!
]
[ CGIレンタルサービス | 100MBの無料HPスペース | 検索エンジン登録代行サービス ]
[ 初心者でも安心なレンタルサーバー。50MBで250円から。CGI・SSI・PHPが使えます。 ]
FC2 | キャッシング 花 | 出会い 無料アクセス解析 | |